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神戸地方裁判所 昭和58年(行ウ)18号 判決

主文

原告らの本件各訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告神戸市長が昭和五八年三月一四日付で原告中村唯行に対してした、審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。

2  被告垂水区長は、別表(一)記載3及び4の各土地の地目に関する固定資産課税台帳の記載をいずれも宅地に変更するとともに、これに基づいて同別表記載1及び2の各土地を再評価したうえで、同土地についての昭和五七年度分の固定資産税及び都市計画税を更正せよ。

3  同被告は、同別表記載1ないし4の各土地についての固定資産課税台帳の登録事項の誤りをすべて右台帳上削除せよ。

4  被告らは、各自、原告らに対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年五月一〇日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  第4項について仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨。

(本案に対する答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件裁決に至る経緯

(一) 原告中村唯行(以下、「原告唯行」という。)は、別表(一)記載1及び2の各土地(以下、それぞれ「本件ノ土地」及び「本件2土地」という。そして、この両者を合わせて「唯行所有地」ともいう。)を所有しているところ、被告垂水区長(以下、「被告区長」という。)は、これらの土地についての昭和五七年度分の固定資産税及び都市計画税について昭和五七年五月一〇日付で原告唯行に対し、別表(二)記載のとおりの賦課決定処分(以下、「本件処分」という。)をした。

(二) そこで、同原告はこれを不服として、娘である原告中村良子(以下、「原告良子」という。)を代理人として、昭和五七年六月一〇日付で被告神戸市長(以下、「被告市長」という。)に対して審査請求をしたところ、同被告は、昭和五八年三月一四日付でこれを棄却する旨の裁決(以下、「本件裁決」という。)をした。

2  本件裁決の違法

(一) 本件処分の違法について

(1) 唯行所有地は、原告唯行が昭和四一年にこれを取得した以降、宅地として評価され、これに基づいて固定資産税及び都市計画税の賦課がされてきた。

(2) ところが、被告区長は、昭和五七年度から本件2土地の地目を雑種地とし、その旨固定資産課税台帳に記載した。

そこで、原告らは、被告区長に対し、右記載について地方税法四一七条に基づく修正を求めた結果、同被告は、昭和五七年五月一〇日付で同土地の地目を宅地とする旨の修正決定通知を行つた。

(3) しかしながら、右修正決定によつても、固定資産課税台帳に当初本件2土地の地目が雑種地と変更されたことは抹消されておらず、他方、右修正によつて地目が変更されたにもかかわらず、課税標準額には何ら変更は認められなかつた。更に、右修正の結果、同土地は宅地であるものの非住宅とされ、地方税法三四九条の三の二所定の特例措置を受けられなくなつた。

(4) このように、本件処分は、課税標準額の算定の基礎となる事実を誤認したものであるとともに、地方税法の解釈を誤つた違法な処分である。

(二) ところが、本件裁決は、こうした本件処分の違法を看過したものであるから、それ自体違法である。

3  被告区長の行為について

(一) 前述したように、被告区長は、違法な本件処分をしておきながら、固定資産課税台帳上、その誤りを抹消しようとしない。

(二) また、同被告は、唯行所有地の隣接地である別表(一)記載3及び4の各土地(以下、それぞれ「本件3土地」、「本件4土地」という。)についても、昭和五七年度からその地目を雑種地と変更し、その旨固定資産課税台帳に記載しているため、隣地との関連においても、唯行所有地は、適正な固定資産税及び都市計画税の課税標準額を算出され得ない状況にある。

(三) そこで、原告らは、右(一)及び(二)の違法状態を是正すべく、被告区長に対して善処方を求めたにもかかわらず、応待に出た垂水区役所の職員は、これに応ずるどころか、「納得できないならどこへでも訴えてよろしい。」と発言するなど、誠意ある対応をとらなかつたのであるから、被告区長は、このことについて責任がある。

(四) そのため、原告らは、こうした被告区長の違法な行為によつて多大の精神的苦痛を受けたが、これに対する慰謝料は、原告両名で三〇〇万円が相当である。

4  被告市長の行為

(一) 被告市長は、同区長において前項(一)ないし(三)の違法行為を行つているにもかかわらず、違法にも、これを是正する方策を取らなかつた。

(二) そして、その他に前述したように違法な本件裁決を行つた。

(三) そのため、原告らは、こうした被告市長の行為によつて多大の精神的苦痛を受けたが、これに対する慰謝料は、原告両名で三〇〇万円が相当である。

5  よつて、原告らは、本件裁決の取消しを求めるとともに、被告区長に対しては、本件3土地及び4土地の地目に関する固定資産課税台帳の記載をいずれも宅地に変更すること、これに基づいて唯行所有地の昭和五七年度分の固定資産税及び都市計画税の更正処分をすること並びに本件1ないし4土地についての固定資産課税台帳の登録事項の誤りをすべて同台帳上削除する旨の各行政処分を、被告両名に対しては、いずれも不法行為に基づいて各自金三〇〇万円及びこれに対する本件処分の日である昭和五七年五月一〇日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、それぞれ求める。

二  本案前の答弁の理由

1  本件裁決の取消しを求める部分について

(一) 原告らは、本件2土地に対する土地課税台帳の登録事項についての違法を理由に本件裁決の取消しを求めているが、これらの事項についての争訟について、被告市長に審査請求をし、その裁決の取消訴訟を提起するのは地方税法四三二条一項、四三四条一項、二項に違反する。

よつて、右の訴えは、不適法である。

(二) なお、右取消訴訟には原告良子も訴えの当事者となつているが、同原告は、唯行所有地の所有者でなく、同土地の固定資産課税台帳に記載されている所有名義人でもなく、単に原告唯行の代理人として、本件処分に対して審査請求を行つたのにすぎないものである。

よつて、原告良子については、格別に本件裁決の取消しを求める法律上の利益を有するものとは認められず、行政事件訴訟法九条により本件裁決の取消しを求める原告適格を欠くというべきであるから、同人の右訴えは、この点においても不適法である。

2  行政行為を求める部分について

(一) 原告らの請求の趣旨第2項及び第3項の各訴えは、被告区長に対する義務付け訴訟であると解される。

(二) ところで、義務付け訴訟は、行政庁が特定の行政処分をなし、又はなすべからざることが法律上一義的に覇束されていて自由裁量の余地がなく、裁判所が裁判をしても行政庁の第一次的判断権を実質的に侵害したものとはいえず、しかも、行政庁がその処分をしないこと、又はすることによつて国民が現実に損害を被り、又は被る危険が差し迫つていて、裁判所の裁判によるより他に適切な救済手段が存しない場合に限つて許されるものと解すべきである。

(三) そこで、これを本件についてみるのに、原告らが本件訴えにおいて被告区長に対して求める各行政処分は、同被告がいまだ一義的に覇束されるに至つておらず、また、本件3及び4の各土地は、第三者が所有権を有するもので、原告らはその固定資産税の納税者ではなく、固定資産の課税における地目の認定、固定資産評価いかんにより現実の損害を被ることはなく、また、原告らは、これらの土地について行政庁に対する不服申立てをしていない。

更に、右の訴えにおいて原告らが被告区長に対して請求する事項は、原告らにおいて回復しがたい損害を避ける緊急の必要性がある事項でもない。

(四) よつて、原告らの被告区長に対する義務付け訴訟は、不適法である。

3  損害賠償請求の訴えについて

原告らの被告らに対する請求の趣旨第4項の訴えは、神戸市職員による職務行為の違法を理由とする国家賠償法による請求と解すべきものである。

しかしながら、このような賠償請求については、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また、公務員個人もその責任を負うものでないから、原告らの右損害賠償請求の訴えは、不適法である。

4  以上のとおりであるから、原告らの本件各訴えは、いずれも却下を免れない。

三  本案前の答弁の理由に対する認否

1  本案前の答弁の理由第1項(一)の主張は争う。同項(二)前段の事実は認め、同後段の主張は争う。

2  本案前の答弁の理由第2項(二)の主張は争う。同項(三)のうち、本件3及び4の各土地は、第三者が所有権を有するものであること並びに原告らがこれらの土地について、行政庁に対する不服申立てをしていないことは認め、その余の主張は争う。同項(四)の主張は争う。

3  本案前の答弁の理由第3項及び第4項の各主張は、いずれも争う。

第三  証拠(省略)

理由

第一  本件各訴えの適否について

一  請求の趣旨第1項の訴えについて

1  原告らの右訴えは、本件1及び2土地に対する土地課税台帳の登録事項に関する不服について被告市長のした本件裁決の取消しを求めるものである。

2  しかしながら、地方税法は、固定資産税については、固定資産課税台帳に所有者として登録されている者を納税義務者とし(同法三四三条一、二項)、同台帳に登録された固定資産の価格を課税標準として課する(同法三四九条)いわゆる台帳課税主義を採用する一方、固定資産課税台帳に登録された事項に関する不服を審査決定するために、固定資産評価審査委員会という合議機関を設け(同法四二三条)ている。そして、右固定資産課税台帳に登録された事項に関して不服のある当事者は、固定資産評価審査委員会に審査の申出(同法四三二条一項)をしたうえで、なお同委員会の審査の決定(同法四三三条一項)に不服があれば、右決定の取消しの訴えを求める(同法四三四条一項)ことができるが、これ以外の手続で争うことは許されていない(同条二項)。

3  そうすると、原告らの右訴えは、まさに、地方税法四三四条一項所定の手続によらないで固定資産課税台帳に登録された事項を争うものであるから、同条二項に違反し、不適法といわざるを得ない。

二  請求の趣旨第2項及び第3項の各訴えについて

1  これらの訴えは、原告らが行政庁である被告区長に対し、一定の行政処分を行うことを求める、いわゆる義務付け訴訟であると解するほかはない。

2  ところで、このような訴えが抗告訴訟として許されるかどうか、また、どのような場合にこれが許されるかについては問題の存するところであるが、仮に右の訴えを肯定すべき場合が存在するとしても、そのために少なくとも、法令上、行政庁が当該行政処分をなすべきこと及びなすべき内容が一義的に定められていて、行政庁に裁量の余地が残されておらず、かつ、行政庁がその処分をしないことによつて国民が現実に損害を被り、又は被る危険が差し迫つていて、しかも裁判所の裁判によるより他に適切な救済手段が存しない場合であることが、必要であると解される。

3  そこで、これを本件についてみるのに、

(一) 本件3及び4土地が原告らの所有に属さないことは当事者間に争いがないから、原告らはこれらの土地について固定資産税及び都市計画税の納税義務者ではなく、仮に、右土地についての固定資産課税台帳の記載が誤りであるとしても、このことによつて、直ちに原告らが回復しがたい損害を被るとはいえない。

(二) また、唯行所有地に関する固定資産課税台帳の記載の修正並びにこれに基づく同地に関する固定資産税及び都市計画税の賦課決定についても、被告区長において、これらの行政処分を行うことが一義的に定められていて、裁量の余地が全くないとまではいえず、更に、固定資産課税台帳に記載された事項に不服のある者は、前述したように地方税法所定の不服申立てをすることによつて自己の権利の救済を図ることができるのであるから、本件が裁判所の裁判によるより他に適切な救済手段の存しない場合であるとは到底考えられない(なお、成立に争いのない甲第一五号証によれば、原告良子は、本件2土地の昭和五七年度固定資産課税台帳登録事項について、神戸市固定資産評価審査委員会に対して審査請求をしていることが認められる)。

(三) よつて、本件は、このような義務付け訴訟を認めるべき場合にあたらない。

4  そうすると、原告らの右の各訴えは、現行法上許容されていない不適法な訴えであるといわざるを得ない。

三  請求の趣旨第4項の訴えについて

1  右の訴えは、原告らにおいて、被告ら又は神戸市職員による職務行為の際の違法行為を理由とする国家賠償法一条に基づく請求と解される。

2  ところで、公権力の行使に当たる地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を与えた場合には、当該公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずべきであるから、本件訴えについて被告適格を有するのは、神戸市である。

3  ところが、原告らは、本件訴えにおいて、行政庁である神戸市長及び垂水区長を被告として損害賠償の請求をしており、原告らが右損害賠償請求の被告を神戸市に変更する意思のないことを明らかにしていることは当裁判所に顕著である。

4  従つて、原告らの右訴えは、被告適格を有しない者を被告とするものであるから、不適法である。

第二  結論

以上のとおりであるから、原告らの本件各訴えをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

別表(一)、(二)(省略)

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